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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13008号 判決

当事者

別紙一当事者目録記載のとおり

主文

一  本訴原告らの請求をいずれも棄却する。

二  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴関係分は本訴原告らの負担とし、反訴関係分は反訴原告の負担とする。

事実及び理由

(当事者名の表示について)

以下の記述において当事者名を表示するに際しては、次の略称を用いる。

一  本訴原告である加藤昌彦、寺井陸雄、佐藤一生、高橋亨治、畑茂信及び本訴原告兼反訴被告である斉藤サヨ子については、訴訟上の立場の呼称をいずれも単に「原告」とした上、その姓のみを表示する。

二  本訴提起当時原告であったが、その後死亡した加藤一男(原告加藤昌彦の被承継人)は、「亡加藤」と表示する。

三  本訴被告である本店所在地が東京都中央区の株式会社幸田、同大阪府大阪市の株式会社幸田、株式会社幸田福岡店、幸田商事株式会社、幸田精、幸田寛、野村圭司及び本訴被告兼反訴原告である本店所在地が北海道札幌市の株式会社幸田については、訴訟上の立場の呼称をいずれも単に「被告」とした上、本店所在地が東京都中央区の株式会社幸田を「幸田東京店」、同大阪府大阪市の株式会社幸田を「幸田大阪店」、同北海道札幌市の株式会社幸田を「幸田札幌店」、株式会社幸田福岡店を「幸田福岡店」、幸田商事株式会社を「幸田商事」、幸田精を「精」、幸田寛を「寛」、野村圭司を「野村」と表示する。

四  被告幸田精、同幸田寛及び同野村圭司の三名をまとめて「被告(個人)ら」と表示することがある。

第一請求

一 本訴事件について

1 原告加藤関係

(一) 主位的請求

原告加藤に対し、(1)被告幸田東京店は、六六〇〇万円、(2)被告幸田大阪店は、三〇四〇万円、(3)被告幸田札幌店は、二二四〇万円、(4)被告幸田福岡店は、一三〇〇万円、(5)被告幸田商事は、二三四万四〇〇〇円、及びこれらに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

(二) 予備的請求

原告加藤に対し、

(1) 主位的請求(1)が認められなかった場合、被告精、被告寛及び被告野村は、連帯して、六六〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 主位的請求(2)が認められなかった場合、被告精、被告寛及び被告野村は、連帯して、三〇四〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(3) 主位的請求(3)が認められなかった場合、被告精、被告寛及び被告野村は、連帯して、二二四〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(4) 主位的請求(4)が認められなかった場合、被告寛及び被告野村は、連帯して、一三〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 原告寺井関係

(一) 主位的請求

原告寺井に対し、(1)被告幸田東京店は、二五二〇万円、(2)被告幸田札幌店は、二一〇万円、及びこれらに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

(二) 予備的請求

原告寺井に対し、被告精、同寛及び同野村は、それぞれ連帯して

(1) 主位的請求(1)が認められなかった場合、二五二〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 主位的請求(2)が認められなかった場合、二一〇万円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3 原告斉藤関係

(一) 主位的請求

被告幸田札幌店は、原告斉藤に対し、一一七九万八一三〇円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 予備的請求

被告精、被告寛及び被告野村は、原告斉藤に対し、連帯して、一一七九万八一三〇円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

4 原告佐藤、原告高橋及び原告畑関係

被告幸田札幌店は、原告佐藤に対し、七七万八二八七円、原告高橋に対し、一七万一五〇〇円、原告畑に対し、一二三万八九三四円、及びこれらに対する平成二年一一月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二 反訴事件について

1 主位的請求

原告斉藤は、被告幸田札幌店に対し、二〇六〇万四一〇三円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 予備的請求

原告斉藤は、被告幸田札幌店に対し、一一六三万一八三三円を支払え。

第二事案の概要

本訴事件は、被告各社の取締役であった亡加藤の承継人である原告加藤が、主位的に、被告各社に対して役員退職慰労金の支払いを、予備的に、右各社の取締役であった被告(個人)らに対して役員退職慰労金相当額の損害賠償を、被告幸田東京店及び同札幌店の取締役等であった原告寺井が、主位的に、右被告二社に対して役員退職慰労金の支払いを、予備的に、右二社の取締役であった被告(個人)らに対して退職慰労金相当額の損害賠償を、被告幸田札幌店の取締役兼従業員であった原告斉藤が、主位的に同被告に対して退職金の支払いを、予備的に、同被告の取締役であった被告(個人)らに対して退職金相当額の損害賠償を、被告幸田札幌店の従業員であった原告佐藤、同高橋及び同畑が、同被告に対して退職金の支払いを、それぞれ遅延損害金の支払いと併せて請求したものである。

反訴事件は、被告幸田札幌店が、同社の取締役兼店長であった原告斉藤に対し、同原告在任中に行われた同被告会社とディオニソスこと訴外伊藤路郎との取引に関連し、主位的に、同原告が店長としての職務を懈怠し、右伊藤の経済状態が悪化したのに取引を継続し適切な債権回収手段を講じる等しなかったなどのために、同被告会社が伊藤に対する多額の不良債権を抱えた末、これを放棄せざるを得なくなり、右債権額相当の損害を被ったとして損害賠償(遅延損害金含む。)を、予備的に、同原告が、取締役としての注意義務及び忠実義務に違反して、伊藤が銀行から融資を受ける際に、同被告会社の取締役会でその保証を行うことを議決した結果、同被告会社が銀行に代位弁済を余儀なくされて弁済金額相当の損害を被ったとして損害賠償を求めたものである。

一 争いのない事実等

以下の事実は、特に括弧書きで証拠等を示したものの他は、当事者間に争いがない。

1 被告幸田東京店は昭和三三年設立、資本金一二〇〇万円、被告幸田大阪店は、昭和二八年設立、資本金三一〇〇万円、被告幸田札幌店は、昭和三八年設立、資本金八〇〇万円、被告幸田福岡店は昭和四七年設立、資本金六〇〇万円で、いずれも酒類の業務用卸販売を目的とする株式会社である。

以上の幸田各社は、チェーン店であり、それぞれ独立の法人格を有している(弁論の全趣旨)。

被告幸田商事は、昭和三二年設立、資本金二〇〇〇万円で、幸田各社の所有する不動産の管理を主たる目的とする会社である。

2 原告らの被告各社における在職期間、地位等は次のとおりである。

(一) 亡加藤

幸田東京店 昭和三三年一二月~昭和四六年六月 専務取締役

昭和四六年七月~昭和六二年五月 代表取締役社長

退職時報酬額(月額) 五〇万円

幸田大阪店 昭和二八年一月~昭和四六年六月 専務取締役

昭和四六年七月~昭和六二年五月 代表取締役社長

退職時報酬額(月額) 二〇万円

幸田札幌店 昭和三八年一月~昭和四六年六月 専務取締役

昭和四六年七月~昭和六二年五月 代表取締役社長

退職時報酬額(月額) 二〇万円

幸田福岡店 昭和四九年九月~昭和六二年五月 代表取締役社長

退職時報酬額(月額) 二〇万円

幸田商事 昭和三二年六月~昭和六二年五月 専務取締役

退職時報酬額(月額) 八万円

(二) 原告寺井

幸田東京店 昭和四八年六月~昭和五八年五月 取締役

昭和五八年六月~昭和六二年五月 常務取締役

退職時報酬額(月額) 六〇万円

幸田札幌店 昭和四八年六月~昭和五八年五月 取締役

昭和五八年六月~昭和六二年五月 常務取締役

退職時報酬額(月額) 五万円

幸田大阪店 昭和四八年六月~昭和六二年五月 監査役

(三) 原告斉藤、同佐藤、同高橋及び同畑

いずれも幸田札幌店において勤務し、各人の勤務期間及び退職時の給与額(月額)は、次のとおりである。

原告斉藤 昭和三七年三月~昭和六二年六月 四〇万円

原告佐藤 昭和四六年二月~昭和五五年六月 一三万〇五〇〇円

原告高橋 昭和五五年四月~昭和五八年九月 七万八〇〇〇円

原告畑 昭和四四年五月~昭和五六年七月 一三万九五〇〇円

3 原告らと被告会社らとの関係

(一) 亡加藤について

亡加藤は、旧川崎航空機工業株式会社において被告精と知り合い、昭和二二年、大阪の幸田精商店に入店した。同商店は、翌昭和二三年に酒類販売の免許を取得し、昭和二八年に株式会社に組織を改めた。これが被告幸田大阪店である(なお、当時は株式会社幸田精商店の商号を用いていた。)。このとき、亡加藤は専務取締役に、被告精は、代表取締役社長にそれぞれ就任した。その後、被告精と亡加藤は力を合わせて社業に当たった。

特に、亡加藤は実働部門の先頭に立って活動し、全国各地に個別の法人を設立する形で事業展開を行い、代表取締役社長になってからの期間も含めて、幸田各社の業績をめざましく向上させ、会社資産を充実させた(〈証拠略〉)。

(二) 原告寺井について

原告寺井は、昭和三三年に被告幸田大阪店に入社し、昭和三八年幸田東京店に移り、昭和四八年六月、幸田東京店の取締役及び幸田大阪店の監査役に就任した。また、昭和五二年には被告幸田札幌店の取締役、昭和五八年六月には被告幸田東京店及び幸田札幌店の各常務取締役に就任し、社業の発展に尽力した。

(三) 原告斉藤について

原告斉藤は昭和三七年に幸田東京店に入社し、昭和四二年に被告幸田札幌店に移った。同原告は、同被告会社の経理・総務関係を主として担当していたが、昭和五二年、取締役に就任し、従業員兼務の取締役で店長の立場で就労するようになった(亡加藤本人、斉藤本人、野村本人)。

4 亡加藤及び原告寺井は、被告精から強く要望されて、昭和六二年五月に、亡加藤については、被告各社の各代表取締役社長を、原告寺井については、被告幸田東京店・同札幌店の各常務取締役及び被告幸田大阪店監査役を、それぞれ辞任した。

5 被告幸田東京店、同幸田大阪店、同幸田札幌店、同幸田福岡店は、昭和六二年五月開催の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、亡加藤及び原告寺井に対し、同人らの長年の功労に報いるため、相当額の退職慰労金を支給すること及びその金額、支払時期等は取締役会に一任することを決議した。

6 右株主総会開催当時から原告らが本訴を提起するまでの間、被告寛及び同野村は、被告各社すべての、被告精は、被告幸田福岡店を除いた被告各社の取締役の地位にあった。

7 昭和六二年五月の右5記載の株主総会以降、被告幸田東京店、同幸田大阪店、同幸田札幌店、同幸田福岡店においては、取締役会で亡加藤及び原告寺井の退職慰労金の金額、支払時期等を決定したことはなく、また右両名の退職慰労金に関する株主総会決議がなされたり、そのための株主総会が招集されたこともない。

8 亡加藤は、本訴提起後の平成五年三月四日に死亡し、妻である加藤敏子と子の加藤昌彦、加藤博善、大井千惠が同人を相続し、加藤昌彦が本訴遂行のための選定当事者となった。

二 争点

本件における(主な)争点は以下のとおりである。

1 本訴事件関係

(一) 原告加藤及び同寺井の主位的請求について

退職慰労金額等の決定について取締役会に一任した本件株主総会決議の有効性(争点1)

退職慰労金請求権の有無及び金額(争点2)

(二) 原告加藤及び同寺井の予備的請求について

亡加藤及び原告寺井が、被告各社から退職慰労金を受け取れなかったことについての被告(個人)らの故意、過失の有無(争点3)

損害発生の有無及び額(争点4)

(三) 原告斉藤の主位的請求について

退職金額(争点5)

消滅時効の成否、被告幸田札幌店による時効利益の放棄及び援用権喪失の有無(争点6)

(四) 原告斉藤の予備的請求について

原告斉藤が、被告幸田札幌店から退職金を受け取れなかったことについての被告(個人)らの故意、過失の有無(争点7)

損害額(争点8)

(五) 原告佐藤、同高橋、同畑の請求について

退職金額(争点9)

消滅時効の成否、被告幸田札幌店による援用権喪失の有無(争点10)

2 反訴事件関係

(一) 主位的請求について

原告斉藤の店長としての故意、過失の有無(争点11)

損害額(争点12)

(二) 予備的請求について

原告斉藤の取締役としての注意義務、忠実義務違反の有無(争点13)

損害額(争点14)

三 争点に関する当事者の主張

1 争点1及び2について

(一) 原告加藤及び同寺井

商法二六九条の立法趣旨は、取締役のいわゆるお手盛り防止と株主の利益保護にあるが、被告各社は、取締役が株式の大部分を所有している閉鎖的な同族会社的株式会社であり、株主又は会社と取締役との間に利害対立がほとんどない。したがって、何ら基準がない状態で、株主総会が亡加藤及び原告寺井の退職慰労金の金額等の決定を取締役会に一任しても、お手盛り支給をしたり、株主の利益を害する事態を招くおそれは全くない。また、実態としても、被告各社においては、先ず、取締役会が動かなければ株主総会が単独で物事を決することはなかったのである。それ故、本件株主総会決議は有効で、決議があった時点で退職慰労金請求権が成立したというべきである。

亡加藤及び原告寺井の受けるべき退職慰労金の具体的金額は、同種、同様の規模・実績を持つ外の会社の事例や、亡加藤及び原告寺井辞任後に被告幸田東京店の取締役を退職した平井満に支給された退職慰労金額等を参考に決めることができ、これらを基に検討すると、亡加藤及び原告寺井が受けるべき退職慰労金の額は、次の計算方法によって算出した額を下らない。

(計算方法)代表取締役の係数を五、専務取締役の係数を四、常務取締役及び単なる取締役の係数を三とし、退職時の月額報酬額に各係数及び各役職在職年数をそれぞれ乗じ、算出した金額を合計する。

(1) 亡加藤について、右計算方法により計算をすると次のとおりとなる。

幸田東京店

五〇万円×四×一三年+五〇万円×五×一六年=六六〇〇万円

幸田大阪店

二〇万円×四×一八年+二〇万円×五×一六年=三〇四〇万円

幸田札幌店

二〇万円×四×八年+二〇万円×五×一六年=二二四〇万円

幸田福岡店

二〇万円×五×一三年=一三〇〇万円

幸田商事(但しこれのみ従業員規則による)

八万円×二九・三=二三四万四〇〇〇円

(2) 原告寺井について、右計算方法により計算をすると次のとおりとなる。

幸田東京店

六〇万円×三×一〇年+六〇万円×三×四年=二五二〇万円

幸田札幌店

五万円×三×一〇年+五万円×三×四年=二一〇万円

(二) 被告各社

株式会社の取締役に対する退職慰労金は商法二六九条にいう報酬に含まれるから、定款にその額の定めがない限り株主総会の決議によって決定すべきであり、退職慰労金の額等の決定を取締役会に一任する旨の株主総会の決議が有効となるためには、退職慰労金額の決定について取締役会の従うべき一定の基準が存在することが必要である。しかしながら、被告各社には、本件株主総会決議当時から取締役に対する退職慰労金の支給に関する成文化された内規や慣行等による基準は全く存在していない。したがって、退職慰労金の額の決定を取締役会に一任した本件株主総会決議は同条に反し無効であり、亡加藤及び原告寺井の被告各社に対する退職慰労金請求権は発生していない。

仮に本件株主総会決議が有効であったとしても、退職慰労金請求権は、定款に定めのない限り、株主総会において金額を定めたとき、又は株主総会の決議で額の算定が取締役会に委任された場合には、取締役会でその額を算定したときに初めて成立することになるが、被告各社は取締役会で亡加藤及び原告寺井の退職慰労金の額を算定していないので、右原告らの退職慰労金請求権は成立していない。

2 争点3・4について

(一) 原告加藤及び同寺井

仮に、亡加藤及び原告寺井に、被告各社に対する退職慰労金請求権が発生していないとした場合には、被告(個人)らにつき、以下のとおり不法行為が成立する。

被告各社は、本件株主総会決議で、亡加藤及び原告寺井に対し、相当額の退職慰労金を支払うこととし、その金額及び支払時期等の具体的決定を取締役会に一任したのであるから、右被告(個人)らは、被告各社の取締役として、最高の意思決定機関である株主総会の意思を尊重し、遅滞なく取締役会を開催して右委任事項を決定し、誠実にこれを遂行する義務があった。また、本件株主総会決議が商法二六九条に違反し無効であったとしても、これは、偶々株主らの法的知識が乏しかったため、議決内容が法的に不十分であることを知らなかったに過ぎないだけであって、株主の総意が(本件決議は全員一致である。)、亡加藤及び原告寺井に対し、退職慰労金を支払おうとするものであったことには変わりがないのであるから、右被告(個人)らは、被告各社の取締役として、各株主に対し、本件株主総会決議が無効である旨通知し、当該瑕疵を填補するために株主総会を再招集する等の措置を講ずる義務があった。

しかしながら、右被告(個人)らは、故意又は重大な過失により、右の任務を懈怠して、今日に至るまでこれを長期間放置した。そして、本件訴訟における被告各社の対応からすれば、もはや今後、被告各社が取締役会や株主総会の場で亡加藤及び原告寺井に対する退職慰労金の支給を決することはあり得ないから、右原告らには前記本来支給されるべき退職慰労金と同額の損害が発生した。右被告(個人)らの故意又は重過失と右原告らの損害との間には相当因果関係がある。

(二) 被告(個人)ら

本件株主総会決議は前記のように無効であるから、当時取締役であった被告(個人)らには、右決議に従って取締役会で退職慰労金の額、支払時期等を決定すべき義務は生じていないので、これらの決定を行わなかったとしても取締役としての任務懈怠はない。

3 争点5について

(一) 原告斉藤

原告斉藤は、昭和五二年、被告幸田札幌店の取締役に就任したが、従業員兼務の役員であり、最後まで従業員としての職務に従事し、取締役就任後も賞与について従業員と同様に経費として処理していた。したがって、同原告に対して支給されるべき退職金の額は、従業員であることを前提に、最後に受領した給与額を基礎として従業員規則により計算すべきであり、勤務期間が二五年三か月、最終給与が月額四〇万円であるから、結局、一一七九万八一三〇円となる。

(二) 被告幸田札幌店

原告斉藤の退職金の算定に際しては、取締役に就任するまでの在職期間と最終給与額を基礎とすべきである。

4 争点6について

(一) 被告幸田札幌店

本訴提起時には、原告斉藤が退職した昭和六二年六月三〇日の翌日から二年以上を経過した。被告幸田札幌店は、原告斉藤の右退職金請求権につき消滅時効を援用する。

(二) 原告斉藤

被告は、時効期間を満了した平成元年六月三〇日を経過した後である平成二年六月二二日付け内容証明郵便等により、原告斉藤に対する退職金支払義務の承認をし、時効の利益を放棄した。また、被告がその時点において、仮に右時効完成の事実を知らなかったとしても、信義則上、以後、時効の利益を援用することはできないというべきである。

5 争点7・8について

(一) 原告斉藤

仮に、原告斉藤の被告幸田札幌店に対する退職金支払請求権が認められない場合、幸田札幌店の取締役である被告(個人)らは、悪意又は重過失に基づく任務懈怠行為により、原告斉藤に退職金相当額の損害を与えたものであるから、右被告三名は連帯して原告斉藤に対し退職金相当額の損害金を支払う義務がある。

6 争点9について

(一) 原告佐藤、同高橋、同畑

原告佐藤は九年五か月、原告高橋は三年六か月、原告畑は一二年三か月にわたり、それぞれ被告幸田札幌店で稼働し、最終給与月額は前記「争いのない事実等」2(三)記載のとおり(但し、原告高橋については九万八〇〇〇円とすべきである。)であったのであるから、右原告らの受けるべき退職金額は、原告佐藤が七七万八二八七円、原告高橋が一七万一五〇〇円、原告畑が一二三万八九三四円となる。

(二) 被告幸田札幌店

同被告の退職金支給基準による退職金の額は、原告佐藤が五五万四四〇〇円、原告高橋が一〇万九二〇〇円、原告畑が一〇一万八三五〇円である。

7 争点10について

(一) 被告幸田札幌店

本訴提起時には、原告佐藤、同高橋、同畑の各退職月の翌月一日からそれぞれ二年以上を経過した。被告幸田札幌店は、右原告らの退職金請求権につき消滅時効を援用する。

(二) 原告佐藤、同高橋、同畑

被告幸田は、時効期間満了後、本訴における平成三年一月一七日付け準備書面や、平成三年一二月二〇日実施の被告野村本人尋問等において、原告佐藤、同高橋、同畑に対する退職金支払義務を承認しているのであるから、消滅時効を援用することは、信義則上許されない。

8 争点11ないし14について

(一) 被告幸田札幌店

(1) 原告斉藤は被告幸田札幌店の取締役店長に在任中、昭和六二年五月まで、得意先である前記訴外伊藤路郎との取引を担当していた。

(2) 原告斉藤は、伊藤が昭和六〇年三月に三和銀行から一五〇〇万円の融資を受けたとき、同人の委託により、取締役会の承認を得ないで、被告幸田札幌店名義の保証をしたため、同被告は、右保証契約に基づいて三和銀行札幌支店に対し左記のとおり弁済を余儀なくされ、伊藤に対し〈1〉〈4〉の弁済分合計九七四万二九六五円については求償権として、〈2〉〈3〉の弁済分合計一八八万八八六八円については更改により貸金債権として有するに至った。

〈1〉 昭和六二年三月以前 二九三万〇三五六円

〈2〉 昭和六三年一月三〇日 一二六万一三五四円

〈3〉 昭和六三年三月三一日 六二万七五一四円

〈4〉 昭和六三年六月三〇日 六八一万二六〇九円

(3) 原告斉藤は、伊藤が昭和六〇年頃から商品代金の支払いを遅延していたにもかかわらず、昭和六一年一一月に現金取引に切り替えるまで売掛取引を続けたため、昭和六二年五月時点で同人に対する売掛金残高は八九七万二二七〇円となり、被告幸田札幌店は、伊藤に対し、右売掛金のうち四七四万〇五九一円を売掛代金債権として、同四二三万一六七九円を更改により貸金債権として有していた。

(4) 被告幸田札幌店は、平成二年四月二日、伊藤に対する(3)記載の売掛代金債権四七四万〇五九一円、(2)(3)記載の貸金債権合計六一二万〇五四七円、(2)記載の求償権九七四万二九六五円の各債権について、いずれも長期間決済がなく回収不能と判断されたため、これらの債権を放棄し、合計二〇六〇万四一〇三円の損害を被った。

(5) 原告斉藤は、(2)(3)記載の伊藤との各取引について、故意又は過失により営業全般についての責任者である店長としての職務を怠り、被告幸田札幌店に対し前項記載の損害を与えた。

(6) また、仮に、伊藤の三和銀行に対する一五〇〇万円の借入金債務の保証をした際、被告幸田札幌店の取締役会の承認があったとしても、原告斉藤は、訴外伊藤の新しい店舗での経営についてはっきりとした見通しもなく、事業の拡張により収益を増加し、右借入金の支払いが可能であると軽率に考えて、同訴外人の資産、能力を顧慮しないで、多額の債務について担保もなく保証することを取締役会で決議したものであり、故意又は過失により取締役としての注意義務及び忠実義務に違反した。被告幸田札幌店は、(2)記載のとおり、右保証契約に基づき一一六三万一八三三円を同銀行に弁済したため、右相当額の損害を被った。

第三争点に対する判断

一 本訴事件関係

1 原告加藤及び同寺井の主位的請求について

(一) この点の請求のうち、原告加藤の被告幸田商事に対する請求については、原告加藤は、他の被告会社に対する請求とは異なり、退職慰労金の発生原因事実である株主総会決議や定款の存在等の具体的主張をしない。よって、同被告に対する請求は主張自体失当である。

(二) 争点1(退職慰労金の支給について取締役会に一任した本件株主総会決議の有効性)について

亡加藤及び原告寺井に対する退職慰労金の支給を決定した被告幸田東京店、大阪店、札幌店、福岡店の各本件株主総会決議が、いずれもその金額及び支払時期等を取締役会に一任していたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。また、(証拠・人証略)の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告幸田大阪店及び被告幸田東京店においては、亡加藤及び原告寺井の退職が、取締役等が退任する初めてのケースであって、右決議当時、かつて退任した取締役等に退職慰労金を支払った先例がなく、取締役等に対する退職慰労金支給に関する内規や慣習・慣行が存しなかったこと(もっとも、〈証拠略〉の記載には「当社所定の基準に基づき」との文言があり、何らかの基準の存在が推測されない訳ではないが、この点に関する野村の説明と、他の証拠上全くこの記載に沿う基準の存在が窺われないことからすれば、到底これのみで基準があったと認めることはできない。)、同様に被告幸田札幌店及び被告幸田福岡店においても、右決議当時、取締役等に対する退職慰労金額を決定する基準となるべき先例や内規等が存しなかったことが認められる。そうすると、本件各株主総会決議は、亡加藤及び原告寺井に対する退職慰労金の決定を、取締役会の全く自由な裁量に無制限に一任する趣旨のものであったことは明白であり、右各決議は、いずれも取締役が受けるべき報酬は定款に定めのない限り株主総会決議をもって定めるべき旨規定した商法二六九条に反し、無効と言わざるを得ない。原告加藤らは、被告各社の特殊性を指摘するが、当裁判所はその意見には同調できない。

(三) したがって、原告加藤及び同寺井の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

2 原告加藤及び同寺井の予備的請求について

(一) 争点3(被告(個人)らの故意、過失の有無)について

本件各株主総会決議が商法の規定に反する違法無効なものであることは、右に示したとおりである。したがって、右決議が行われた被告各社の取締役としては、右総会決議の内容を遂行する義務はないのであり、これを遂行すれば、かえって違法な会社財産の支出をしたとしてその責任を追及される虞が生じるところである。したがって、原告加藤らのこの点に関する主張のうち、被告(個人)らに本件決議の内容をそのまま実現すべき義務があったとする部分は理由がない。

次に、右各決議は無効であるとしても、株主総会で退職慰労金を支出する意向が示されたのであるから、株主の総意を適法に実現すべく取締役として株主総会を再招集する等の措置を講ずべき義務があったのにこれを怠ったとの主張について検討する。亡加藤及び原告寺井が、役員を務めていた被告各社のために貢献した度合が大であることは、既に記したとおりであり、社会的には、そのような役員が退任する際には、退職慰労金が支払われるのが通常であること、(証拠略)及び弁論の全趣旨から退職慰労金の支給を決めた本件各総会決議が株主全員一致により行われたものであったと認められることからすれば、一見、右決議の行われた被告各社の取締役としては、株主総会再招集等の措置を講じ、株主の総意を実現するようにしなければならなかったのではないかと解する余地もない訳ではないようにも思われる。しかしながら、他方、(証拠・人証略)の結果や弁論の全趣旨によれば、亡加藤や原告寺井の退職後、亡加藤らの在任中になした債務保証先の弁済能力に関する不安が明るみに出たり、東京店の昭和六二年三月の決算で貸倒金がゼロになっていて、その真実性の調査を要したこと、亡加藤らが退職後、別に酒類販売の会社を始めたことに関連し、原告斉藤を初めとする数名の従業員が幸田側から亡加藤ら側の会社に移り、幸田側では引き抜きであると受け止めていたこと、札幌店の顧客の相当数が亡加藤ら側の会社から酒類を購入するようになったこと等の事情があり、昭和六三年には幸田側と亡加藤側の間で、幸田東京店の授権資本の内容変更や株式譲渡制限新設をめぐる株主総会決議無効確認の訴えや、亡加藤ら側の会社の商号変更に関わる訴え等が提起されるまでの状態になっていたこと等が認められる外、被告各社の株主は役員と従業員で構成されており、役員の保有する株式が大部分を占めていたのであるから、役員が、その後の事情により本件退職慰労金の支給に問題があると考えるようになれば、そのように考えるのが適当かどうかはともかく、それは直ちに株主の相当部分が支給に問題があると考えていることになるのであって、前記のような諸事情が判明してくるうちに、取締役が、株主の総意が変化していると理解して、株主総会再招集等の措置を講じる必要がないと判断しても無理からぬ状況があったと推認されること等を併せ判断するならば、本件においては、被告(個人)らが株主総会の再招集等の措置を講じなかったことをもって、取締役としての義務違反があったとするには未だ足りないというべきである。

(二) よって、原告加藤及び同寺井の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3 原告斉藤の主位的請求について

(一) 争点5(退職金額)・6(消滅時効の成否等)について

原告斉藤及び被告野村各本人尋問の結果並びに前記争いのない事実を総合すれば、原告斉藤は、昭和三七年三月頃被告幸田東京店に入社して同店で勤務した後、昭和四二年一一月に被告幸田札幌店に入社したこと、同店においては経理及び総務を担当し、昭和五二年に同店の取締役に就任した後も右従業員として就労し続けていたこと、同店営業課長であった岡田と気が合わなかったり、亡加藤の退任の折り、被告各社役員らの同人に対する処遇が冷淡で粗末であると感じたため、今後同被告らの自分に対する処遇について不安を感じたり、被告寛が札幌を訪れた折り、自分が昼食の誘いを受けず、阻害(ママ)されたと感じたことから、被告幸田札幌店での勤務を続ける意思を無くし、昭和六二年六月に退社したことが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、原告斉藤が退職した折り、被告幸田札幌店においては、退職する従業員に対し、退職金を支払う制度が存在したことが認められる他、(証拠略)として退職金支給基準率表が提出されている。しかしながら、以上の認定事実及び書証だけでは、被告幸田東京店と同札幌店の勤務の関係をどう扱うのか、どの時点での基準率を適用することになるのか等が依然として不明であって、同原告の退職金額を算定するに足りず、他に右金額を算定するに足りる証拠はない。したがって、その余の点につき判断するまでもなく、同原告の主張は理由がない。

なお、弁論の全趣旨によれば、本件退職金請求権は、同原告の退職日の翌日から行使し得たものと認められるところ、当時の退職金請求権の消滅時効期間が二年であり(労働基準法附則(昭和六二・九・二六法九九)一、四条及び同法旧一一五条)、本訴提起時には既に右消滅時効期間が経過していて、被告幸田札幌店が本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用したことが認められるので、原告の主張はこの点からも理由がない。

この点に関連して、平成二年六月二二日付け内容証明郵便(〈証拠略〉)には、被告幸田札幌店が原告斉藤の退職金支払義務を承認したと認定できるような記載はなく、これをもって同被告が時効利益を放棄したとは認められず、他に同被告が時効利益を放棄したと認めるに足りる証拠はない(被告幸田札幌店は、平成三年一月一七日付け準備書面において、同原告の退職金額の計算方法につき被告の立場から主張しているが、同被告は当初から同原告の請求を棄却することを求めて争っているのであり、右の点をもって、時効利益を放棄したと認めることはできない。)。さらに、被告が信義則上、右退職金債務の時効利益を援用することはできないとする理由は、本件記録上認められない。

4 原告斉藤の予備的請求について

(一) 争点7(被告(個人)らの故意、過失の有無)・争点8(損害額)について

原告は、被告(個人)らが、幸田札幌店の各取締役としての悪意又は重過失に基づく任務懈怠行為により、原告斉藤に対し、退職金相当額の損害を与えた旨を抽象的に主張するに止まり、「悪意」、「重過失」、「任務懈怠行為」の具体的事実を主張しない。よって、この点の請求は、主張自体失当であり、理由がない。

5 原告佐藤、同高橋、同畑の請求について

(一) 争点9(退職金額)について

被告幸田札幌店は、右各原告に対する退職金が、原告佐藤につき五五万四四〇〇円、同高橋につき一〇万九二〇〇円及び同畑につき一〇一万八三五〇円であることをいずれも認めているところ、これらの金額を上回る金額であると認めるに足りるという証拠は本件において存しないので、各退職金額については右金額の限度で認めることができる。

(二) 争点10(消滅時効の成否等)について

弁論の全趣旨によれば、原告佐藤、同高橋、同畑の右各退職金請求権は、退職日の翌日から行使し得たものと認められ、また、当時の退職金請求権の消滅時効期間は、原告斉藤の場合と同様二年であるので、右各原告が本訴を提起した時点では、いずれも消滅時効期間が経過しており、被告幸田札幌店が本件口頭弁論期日において右各消滅時効を援用したことが認められる。

同被告は、平成三年一月一七日付け準備書面において、右各原告の退職金額を主張し、平成三年一二月二〇日実施の被告野村本人尋問においても、それと同様の趣旨のことが述べられているが、同被告は、当初から右各原告の請求の棄却を求めて争う姿勢を明確にしているのであるから、以上は、単に右各原告らの退職金額の算定方法が誤っていることを指摘し、同被告の見解に基づき試算してみた結果を述べたに過ぎないと解され、これらをもって、時効利益を放棄したと認めることはできず、他に同被告が時効の利益を放棄したと認めるに足りる証拠はない。また、同被告が信義則上、右各退職金債務の時効利益を援用することはできないとする理由は、本件記録上認められない。

二 反訴事件関係

1 争点11(原告斉藤の店長としての故意、過失の有無)・争点13(原告斉藤の取締役としての注意義務、忠実義務違反の有無)について

(一) 原告加藤及び同斉藤各本人尋問の結果、(証拠・人証略)及び前記認定事実を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告斉藤は、昭和四二年一一月、被告幸田札幌店に入社した後、昭和五二年に同店の取締役店長に就任し、取締役及び店長を兼ねた従業員兼務の取締役で、代表取締役である亡加藤及び常務取締役の原告寺井に次ぐ現地責任者の立場にあった。原告斉藤の事務の担当は、経理及び総務であった。

(2) 亡加藤が代表取締役社長であった昭和四六年から同六二年頃、被告幸田札幌店を含む被告幸田各店における、営業方針ないし方法は、取引の相手方を見極め、これはと思う者に対しては後援することとして、保証及び資金貸与等の資金援助を行うことにより取引先を大きくし、同時に被告の売上げも伸ばすというものであった。また、その反面、売掛金等の回収については、本人が死亡したり、行方不明になったりする以外は、例えば、大阪から東京に来て商売をしている者を追い、一〇〇〇円ずつでも可能な限り回収するという方法で行っていた。

特に、被告札幌幸田店においては、当時発展途上の街であったことから、他の地に所在する幸田各店より取引先の発展に力を注ぎ、得意先へ融資することが多かった。しかも、札幌においては、取引の相手方が、担保に取ることが可能な物件を所持していないことが多かったため、担保を取らずに相手方を信用して資金援助を行うことが通常であった。さらに、融資先等からの弁済状況については、営業担当者の責任で注意していくという形で行われていた。

(3) 被告幸田札幌店は、以上のような方法で、昭和五〇年一一月から同六二年一月までの間に、一件当たり五〇万円から三〇〇〇万円までの金員を四一件融資し、その総額は二億九九三〇万円に上っていた。これらの融資に当たり、物的担保は一切取らず、個人保証についても、融資先が会社である場合にのみ行わせていた。また、同店においては、昭和五〇年三月から同六一年五月までの間に、一件当たり三〇〇万円から三〇〇〇万円までの範囲で、二七件の銀行保証を行い、その総額は二億五四八〇万円に上っている。銀行保証を行う場合においても、被保証人等から物的担保は全く取っていなかった。被告幸田札幌店においては、以上のような方法を取りつつも、本件で問題となっている昭和六〇年三月に実施した訴外伊藤に対する一五〇〇万円の銀行保証の一件を除き、回収不能等で問題を生じた例は全くなかった。

(4) 訴外伊藤は、バーテンダーとしては極めて腕が立ち、また、バーテンダー協会の役員であって、業界の情報に詳しく、得意先の紹介などを行ってくれる人物であった。同人と被告幸田札幌店との取引は、相当古く、原告斉藤が被告幸田札幌店に来た昭和四二年一一月にはすでに取引が行われていて、当時、訴外堀川一二三が同人の営業担当者であった。堀川が被告幸田札幌店を辞めた昭和五三、四年頃、訴外伊藤に対する売掛金は約三〇万円程度残っていたが、堀川の後任で営業課長の岡田の強い希望によって取引が続けられ、以後、岡田が伊藤の営業を担当し、原告は金を貸すときには岡田からある程度相談を受けたが、その他は岡田の判断によって伊藤との取引が行われた。原告斉藤が店長に就任した昭和五二年頃には、伊藤からの弁済は約四、五〇万円程度遅滞しており、債権額はやや増えていた。昭和六〇年三月頃の伊藤に対する債権額は、詳細は不明であるものの、昭和五二年当時に比べ、増えている状況にあった。被告幸田札幌店は昭和五三年に伊藤に対し、一三〇〇万円の銀行保証をしたことがあったが、これは全て回収できた。

(5) 被告幸田札幌店の取引先では、岡田の担当する者がオーナーを勤める札幌ススキノ所在のビルの一室が空き、そのテナントの紹介を依頼された岡田の取り計らいにより伊藤が同室に店を開くこととなり、その敷金、保証金として一五〇〇万円が必要となった。伊藤については、昭和五三年に行った一三〇〇万円の銀行保証の際には特に問題を生じなかったこと、岡田の強い勧めがあったことなどから、亡加藤、原告寺井、原告斉藤の出席による取締役会において、保証を実施する旨決議した。被告幸田札幌店は、昭和六〇年三月、右取締役会の議事録を三和銀行に提出し、亡加藤が代表印を押捺して、同銀行と保証契約を締結した(以下「本件保証」という。)。本件保証に当たり、被告幸田札幌店は、伊藤から担保を取るなどの措置は講じていない。

(二) 被告野村、原告斉藤各本人尋問の結果、(証拠略)によれば以下の事実を認めることができる。

伊藤は、ススキノのビルに移ってからは商売がうまく行かず、被告幸田札幌店も、伊藤の店に客を入れようと、岡田が中心となって、各種イベントを計画したりしたが、成績は上がらず、売掛金の回収も思うように進まなかった。そこで、昭和六一年一一月からは、伊藤に対する掛け売りを中止し、現金取引に切り替えた。その頃の伊藤に対する売掛金残高は約八二三万円であった。伊藤との取引担当者は、遅くとも昭和六一年一二月三一日の時点では、岡田から原告斉藤に変更されていた。昭和六二年三月三一日の段階で、伊藤に対する売掛金残高は約八八六万円になった。また、被告幸田札幌店は、昭和六〇年に実施した保証契約に基づき、訴外三和銀行に対し、昭和六二年三月三〇日までに二九三万〇三五六円を弁済し、原告斉藤の退職した後、昭和六三年一月三〇日に一二六万一三五四円、昭和六三年三月三一日に六二万七五一四円、昭和六三年六月三〇日に六八一万二六〇九円を弁済した。昭和六三年一月三〇日及び同年三月三一日に弁済した分については、後の契約により、伊藤への貸金債権と更改された。平成二年四月二日、被告幸田札幌店の、伊藤に対する債権額は、売掛金、貸付金、仮払金を併せて二〇六〇万四一〇三円となったが、長期間決済がないため回収不能と判断し、同日これを放棄した。

(三) 原告斉藤の故意・過失について

以上の事実関係に照らし検討する。まず、主位的請求の点については、伊藤は、さほど大きな金額ではなかったが、以前から売掛代金の支払を遅滞する人物であったこと、ススキノのビルに移った昭和六〇年三月以降は、商売がうまく行かず、売掛金の回収が困難となり、売掛代金は、昭和六一年一一頃には約八二三万円、昭和六二年三月には、約八八六万円に膨らんでいったこと、それまで、伊藤に対して掛け売りが続けられており、これは、被告幸田札幌店の現地責任者である原告斉藤の責任の下に行われていたことがそれぞれ認められる。しかしながら、他方において、伊藤は、優秀なバーテンダーであって、店がうまく行くという可能性があった他、業界の情報に通じていたこと等の理由から、被告幸田札幌店にとってメリットのある人物であり、取引を続ける意義が存したこと、営業担当者であった岡田の強い勧めの下に取引が行われていたことが認められる他、伊藤の店に客を入れるためイベントを開催するなどの工夫をしたり、昭和六一年一一月には、同人に対する売掛を止めて現金取引としたり、また、伊藤の担当を、岡田から原告斉藤自身に変更する等の措置を講じてきたことなど、伊藤からの回収をはかるための努力をし、それなりの手段を講じてきたことが認められる。以上の事実の他、被告幸田札幌店が、前記のような営業方針の下で、取引先の援助に力を入れつつ、自らもめざましい発展を遂げていたこと等諸般の事情を考慮した場合、偶々伊藤との取引において回収が失敗したとしても、原告斉藤が、右取引において、故意又は過失により営業全般についての責任者である店長としての職務を怠ったものとは到底認められず、被告札幌幸田店の主位的請求は理由がない。

次に予備的請求について検討するに、本件保証の実施が被告幸田札幌店の取締役会決議の決定を経て行われたと認められることは前記認定のとおりであり、また前記認定事実から、本件保証金額は他の例に比較して、特に大きいものではないこと、個人の債務を保証する場合、何らの担保を取らないのが通常であったこと、昭和五三年に、伊藤の一三〇〇万円の保証をした際には、問題を生じていないこと、保証については、岡田の勧めがかなり影響していたことがそれぞれ認められる他、当時、原告斉藤において、伊藤が事業に失敗することを予見できる事情が存したことも認められないのであるから、本件保証を取締役会で決議したことが、故意又は過失により、取締役としての注意義務及び忠実義務に反することにはならない。よって、被告札幌幸田店の予備的請求も理由がない。

2 以上のとおりであるから、被告幸田札幌店の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 合田智子)

〈別紙一〉 当事者目録

亡加藤一郎訴訟承継人兼選定当事者

本訴原告 加藤昌彦

本訴原告 寺井陸雄

本訴原告 佐藤一生

本訴原告 高橋亨治

本訴原告 畑茂信

本訴原告兼反訴被告 斉藤サヨ子

右六名訴訟代理人弁護士 小川恒治

同 中村光彦

本訴被告 株式会社幸田

本訴被告 株式会社幸田

本訴被告兼反訴原告 株式会社幸田

本訴被告 株式会社幸田福岡店

右四名代表者代表取締役 幸田寛

本訴被告 幸田商事株式会社

右代表者代表取締役 幸田精

本訴被告 幸田精

本訴被告 幸田寛

本訴被告 野村圭司

右八名訴訟代理人弁護士 長澤喬

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